[あの人に聞く「おもてなし」。]
2022.06.27
売場ニュース
阪急六甲駅からバスに乗り、住宅街の坂を少し登る。振り返ると海が見えるくらいまできたところ、ここが食空間プロデューサーの丸山洋子さんのサロンだ。息を整え、ドアを開けると「お待ちしておりました」という弾んだ声とともにこぼれるような丸山さんの笑顔、そしてふわっと漂ってくるアロマキャンドルの香りに包み込まれた。
部屋に足を踏み入れた瞬間、窓からの風がすーっと抜けていくのを感じるとともに視線の先に見えたのは、シックで爽やかなテーブルコーディネート。グレイッシュな器、センターピースに華やかに盛り付けられたスイーツ、テーブルや器にちりばめられたグリーン。心が躍らない、わけがない。
テーブルの中央に置く、「センターピース」で立体感を演出。自身でデザインされたものだそう。
「テーブルコーディネートはよく『ホームパーティーのキックスターター』と言われるんですが、一番最初に入ってきたときにワクワクしてもらって、これから楽しい時間が始まるんだろうなって期待感を演出する役目もあります」と丸山さん。
「さあ、せっかくだから席に座ってアフタヌーンティーを楽しんで」とのお言葉にしっかり甘えさせていただいた。
「心地良いかどうか」の奥にあるもの。
この日のコーディネートは洋と和のフュージョン。センターピースには柿の葉寿司や抹茶モンブランなどが並び、お庭で摘んできたというハゴロモジャスミンや梶の葉が初夏らしい佇まいを演出している。
「ゲストを想像してテーマや色を考えてコーディネートをするんです。今日は大人の女性をイメージしてちょっとシックでさわやかに、漆器やガラスなど素材感の違いで演出力の幅を出して、そして季節感も楽しめるような植物や色合いも意識します。でもね、実は私が何よりも一番大事にしていることは、『心地良いかどうか』。室温がちょうどいいかどうかはもちろん、空気感も大事。目に見えるものも見えないものも、心地良さをどう作り出すか。ゲストにリラックスして過ごしていただけるのが一番なんです」と丸山さん。
ミントの入った知覧茶をいただいていると、柿の葉寿司が盛り付けられたセンターピースのお皿を丸山さんが取り出し、「一つ取ったら隣の人に回してね」とゲストに手渡した。「ホームパーティーではホスト側はなるべく立たない。もてなす側がバタバタしてたら落ち着かないでしょ。だから座ったまま、が理想なんです」。
原点はロンドンの師匠の「おもてなし」。
会話が途切ることはなく、時間がゆったりと流れる。窓の外の鳥の声とAnn Sallyの音楽が空間を漂う。
「ホームパーティー学なんて、なかなか一冊にまとまっていることはなくて。だから何度も何度も本場のヨーロッパに行って実際に経験して自分でも実践してみて。私の生き方全て、それに尽きます」。
丸山さんは器が好きで人が好き。「それならばこれしかない」とホームパーティーやテーブルコーディネートの道に。40年近く携わり、主宰するスクールの卒業生は1000人を超え、さらにはホテルや企業のパーティー、ブライダルや地域活性化など活動は多彩だ。その原点はロンドンにあるという。
「ロンドンに私の師匠がいるんです。招いていただいたりしながら本当にいろんなことを教えてもらいました。ある日、アフタヌーンティーに招かれて、その後晩御飯も食べていきなさいって言ってくださったことがあって。簡単なカナッペを置いてキッチンに入ったと思ったら、息子さんがお父さんの写真集を見せてくださったり、小学生の娘さんがお庭を散歩しましょう、と連れ出してくれて、お花を一緒に摘んだり。その後、娘さんがあっという間にテーブルのセッティングをして、キッチンから出てきた師匠が『鶏肉の解凍が間に合わなかったから、今日は簡単にパスタにしたわよ』って。とびっきりのシャンパンにサラダとパスタとフルーツくらいの本当に簡単な食事。だけど、もう最高に素晴らしいおもてなしでした。それが私の『おもてなし』の原点」。
「与える」と「受け取る」。
実際、この日のアフタヌーンティーパーティーでは、最初にセットされたカップとお皿を変えることなく、さまざまな種類のお茶やスイーツをいただいた。そして丸山さんはやはり一度も席を立たずに一緒に会話を楽しんでいる。日本でいう「おもてなし」とはどこか違う。
「日本はどうしても『おもてなし』というと、もてなして『差し上げる』でしょ?でもフランス語にRecevoir (ルスボワール)という言葉があるように『引き受ける、受け取る』、つまり、ゲストをお招きし、ゲストの大切な時間を受けとっている、という意味があるのです。『与える』と『受け取る』の違いは大きい。だからね、もてなすのにご馳走が必要なわけではないんです。それよりも会話。人と人が愉快に今日の時間を過ごしましょう、ということだと思っています」。
ふと自分のオーストラリア留学時代のことを思い出した。ステイ先のイギリス人のお母さんがお天気の良い日に、「ボートに乗ろう!」と突然言い出し、5分で作ったハムだけのサンドウィッチを片手に川でランチした時、「Life is beautiful, isn’t it? 人生って美しいよね」って言われたこと。豪華なランチでなくてもこんなに豊かな気持ちになれるんだと、人生観が変わった瞬間だった。
「そうそう、本当にヨーロッパの方達ってそうでしょう?国によって言葉は違うけど、『人生を素敵に楽しむ』という意味の言葉が必ずあるんです。デンマークにHYGGE (ヒュッゲ)という言葉がありますよね。私、その言葉が大好きなんですけど、人と人とのふれあいから生まれる心地よい時間や空間っていうような意味で、今日はヒュッゲだね、とかそういうふうに表現されるんです。まさに今日のこの時間もヒュッゲ。やっぱり心地良い人と人との繋がりの時間や空間は、私自身一番大切にしていることです。だから今日は取材だとしても、まずは楽しんでいただきたくて」。
丸山さんは会話をしながらタイミングを見て、漆器のカップに静岡の燻製茶や茨城の紅茶が注いでいく。
正解、不正解ではなく、その人に寄り添うこと。
ゲストが心地良く、そして本人も楽しむ。簡単そうに聞こえるけれど、丸山さんのおもてなしを見ていると、そこにはさりげない気遣いがたくさんつまっている気がした。
「その人に寄り添うことだと思うんですよ。その人の気持ちにどういうふうに寄り添えるか、を考える。ヴィクトリア女王が晩餐会でフィンガーボールのお水を飲んでしまったゲストを気遣って自分も飲んだ、という話は今でも語り継がれていますよね。心配りって正解、不正解があるわけではなくて、寄り添うってことかなって。でもこれは経験もある程度は必要かもしれませんね。経験といっても、誰かにもてなしていただいた時に自分がどう心地良かったかを考えたり。そうやって経験を増やしていくことはとても大事だと思います」。
「空気感」。丸山さんが最初におっしゃった言葉が蘇る。「目に見えるもの」も「見えないもの」も空気感を作り出す。楽しい時間が始まる期待をもたせてくれるテーブルコーディネートはもちろん、吹き抜ける風や自然の音、そしてさりげない気遣いや晴れ晴れとした声。ああ、私は歓迎してもらっているんだ、「私」を受け取ってもらえているんだ、という安心感。全てが丸山さんの「おもてなし」なのだろう。
「人と人が幸せを分かち合って楽しむ。生きていく中で絶対外せないなと思います」。
サロンまでの道の風景。海と山が見える自然に囲まれた土地。
(なるのだ編集室 桂知秋)
丸山洋子さん
食空間プロデューサー、日本パーティープランナー 協会会長、株式会社エコール代表取締役。
「テーブルコーディネート力」で豊かな社会を、と活動。また、パーティーの新しいあり方を積極的に提案している。テーブルトップ商品「MY Dear LIFE」を企画、開発し、ライフスタイル提案を発信するとともに百貨店でのイベントプロデュース、地場産業活性化、企業とタイアップした商品開発なども積極的に展開している。
神戸クラスとオンラインクラスにて「テーブルコーディネーター養成講座」を開催。資格制度を取り入れ、人材育成にも力を入れている。著書に「食空間クリエーションのテクニック」「TEXTBOOKテーブルコーディネート改訂版」「あなたのライフスタイルを豊かにするテーブルコーディネート力」他