売場ニュース
単に“もったいない”からはじまった。
古くなってボロボロになったら捨てるしかなかったヨットのセイル(帆)を、“もったいない”の一念からバッグやグッズに再生するようになった集団「Re Sail Factory」さん。いまやSDGsという観点からアップサイクル(創造的再利用)として世の中で大いに注目される存在にまで成長しています。代表者の田上亜美子さんから事業をはじめたきっかけ、仲間たちへの想い、事業への取り組み方などを聞かせていただくことで、現在における“消費”ということを考え直すきっかけをいただきました。
セール歴約26年。もとは選手でした。
キールボートという4〜5人乗りのヨットのレースをたまたまはじめたんです。これでも選手としては国際大会なんかにも出場していたんですよ。選手のかたわらヨットの雑誌社に入社して競技を続けていました。あるとき、使わなくなって捨てられているセイルを見て思ったんですよ。「これ捨てちゃうの??」「バッグがつくれるらしいのに!」「それ、もったいないよー!!」と。
もう、もったいないという強い気持ちだけでバッグをつくりはじめたんです。
自称「たなぼたセーラー」。
ヨットのオーナーさんは「お金を出すからゆずってよ」なんて言われるのは大嫌いな方たちなので、バッグをつくりはじめたころからいらなくなって廃棄されたセイルはなるべくじぶんで取りに行っていたんです。世界大会にもよく出ていたせいか、そのうちに海外のチームなんかからも「いらなくなったセイルがあるよ」と声をかけてくれるようになっていきました。そうやって、いろんなところから定期的に声がかかるようになったんです。わたしのカラダが小さいのをみんなが知っていて持ってきてくれるわけです。セイルがいつの間にか自然にわたしのところへやってくるから、じぶんでじぶんのことを「たなぼたセーラー」って呼んでいるくらいです。
湘南地区の気楽なバッグにしたかった。
いまもそうですが、もともとそんな大層なことは考えていません。湘南という地域の気楽なバッグになれば良いという、ただそれだけのことをコンセプトにやってきました。セイルって小さなものでも四畳半の部屋くらいあるし、大きなものだとテニスコートくらいもあるんですよ。いらないセイルってホント、タダのって言って良いのかどうかはわからないけど、”産業廃棄物”ですからね。古くなっちゃってセイルのコントロールもできなくなるから、セイルとしてはまったく使えないものだし捨てられる運命なんです。産業廃棄物になるしか行き道がないわけです。でももったいないじゃん、捨てちゃうくらいならバッグにしましょうよってカンジでやっているうちに、世の中がSDGsやアップサイクルの方へ行き出したんです。
世の中が目を向けてくれるようになった。
この10年〜15年で世の中がずいぶん変わってきたと思います。わたしたちだけが内輪で楽しんでいたものが多くの方から注目されるようになってきました。ラジオや雑誌、webなんかの取材が多くなってきました。今日も阪急さんから取材していただいて、時代がやっと追いついてくれたんでしょうね。シンプルに“もったいない”からはじまったものがみんなに喜ばれるようになって、各地でセイルが捨てられなくなったらセイルが産業廃棄物にならなくても済むからとっても良いじゃないですか。 こうやって注目されるのはありがたいことです。セイルの再利用をしたバッグが各地で増えていくと良いですね。
仲間たちが楽しくないとやらない。
セイルの生地は防水ではないのですが乾きが早くて強くて、生地によっては燃えなかったり、洗濯機で洗っても大丈夫な特長があります。セイルの生地を使ったバッグをつくっているブランドは他にもいくつかあるんですよ。でも、ほかのブランドさんには新品の生地を使っているところもあるけどわたしたちは新しい素材には手を出しません。新品の生地は高くて買えないっていうのもありますが、古くなったセイルの持つ役割を果たしたストーリーが魅力なんじゃないでしょうか。そしてアップサイクルっていう考え方が支持されているんでしょうね。
古い生地だから、潮出し、洗浄、乾燥とさまざまな手間がかかります。新品の生地の方が製造はむしろ簡単なんです。そして古い生地は余計な手間が多くかかるので安くはならないんです。そのぶん主婦の集団であるわたしたちにはデザインセンスがないから、デザイン系のメーカーみたいに複雑なものにしないようシンプルを心掛けて工程が少なくなるように工夫して、価格を少しでも押さえるようにしています。
じつはスタッフは歩合制なんですよ。だから工程が少なくってカンタンで数がつくれるほど喜んでもらえるんです。そしてお客さまにとってはつくり込んでいないぶん飽きが来ないから、長く愛用できるんじゃないかと思っています。
なんだかんだ言っても仲間たちが喜んでくれたり、楽しくやれないとやっていても楽しくないし続かないじゃないですか。だから、「それだと仲間たちが楽しくないからやらない」とハッキリ言いますし、工程が多くて面倒な依頼は断るようにしています。
やっと、ここまで来ました。
うちには「カット部」というのがあり、内職で空いている時間にカットしてもらうやり方でやっています。さらにお願いの仕方として「じぶんが好きなように切って欲しい」という風にしています。そうすると、みんながいろいろと考えて切ってくれるのでカットした素材が上がってくるのがとても楽しみになります。そして最近ではカットの仕事の一部を障がいのある方々の施設にもお願いできるようになっています。うちのバッグはアーティスティックにしないで文字や柄をそのままいかしています。どんな柄が出てくるのかな、とわくワクしながらつくっています。
このアトリエ以外に「縫製部」というお婆ちゃん集団もあります。こちらはなんと言っても作業が早い!細かな作業が大好きな熟練のプロフェッショナル集団です。エコバッグなんかだったらアッという間に仕上げてくれます。
内輪だけで楽しんでいたものが一般のひとにも興味を持っていただけるようになって、そのおかげもあって仲間が広がり、その仲間たちも変わらず楽しくやれています。「やっと、ここまで来たなあ」という想いがあります。
“神戸ファン”“阪急ファン”なんですよ。
今回、神戸阪急さんからの依頼で什器をつくっています。
最初に阪急さんではなく内装の会社から「スニーカー売り場の什器をつくりたい」というお話が来たときは乗り気じゃなかったんです。正直に言いますけど、“企業案件”は気楽にやれないので本来は好きじゃないんです。そのうえ、うちの方針として本来柄入りは無理なのに柄入りを希望してきたんですよね。(笑)
でも、話を聞いていくと「神戸の阪急」の仕事だっていうんですよね。
わたしね、神戸ファン、阪急ファンなんですよ。気楽じゃないのでやりたくなかったはずが、これはやるしかないかなー、やるからには精一杯やろうと思ったんです。神戸阪急さんにうちの什器があることで足を運んでくれるファンもいるかもしれないし、うちのスタッフのテンションも上がるじゃないですか。
いまが理想に近づいている。
これまでヨットマンだけをターゲットにしないよう意識してきましたが、それがよかったのではないかと思います。一般の方がリサイクルのバッグをひとつ持ってくれたら良いと思っていましたが、最近ではたくさん持ちたいというひとが増えてきています。ひとつ持ってもらうだけで満足だったのに多くのファンができてきました。ひとと同じじゃない、唯一無二ということでいくつか買っていただける。たくさん消費していただいているというより消費の対極にいるような気がします。いらないセイルをバッグにしてボロボロになるまで使っていただいている。そこに、すごく感謝しています。
女性だけでやっていることや、アップサイクルな商品をつくっていることで、じぶんたちが気にしないうちに話題にしていただいて、「わたしたちってSDGsにハマっているらしいよ」ってみんなで笑っています。
ある意味でいま理想に近づいているんじゃないでしょうか。
◎「Re Sail Factory」さんと神戸阪急がコラボした什器。
リニューアルされた本館3階の婦人靴の売り場にその什器はあります。白地の生地にもともとあった文字が生かされたオシャレで洗練された什器に流行のスニーカーなどが並べられ、売り場のアクセントになっています。
代表の田上亜美子がヨット競技に携わっていたことから、不要になって産業廃棄物になってしまうヨットのセイルに新しい命を吹き込み、バッグやグッズとして蘇らせるアップサイクル活動を展開している女性たちだけのグループ。エコでサスティナブルな取り組みはさまざまなメディアに取り上げられ、いまや注目の存在になるまでになっている。
アトリエ:神奈川県藤沢市立石1-12-5
撮影協力:一般社団法人 関西ヨットクラブ
(なるのだ編集室 田中有史)