売場ニュース
８０着に迫るハワイアンシャツを持っている。その数を盾にしてじぶんをコレクターと呼べるのかどうかは分からない。しかしながら８０着近いそれぞれに語りたいストーリーがあるのは事実だ。愛し続けるとはストーリーとともに生きていくということかもしれない。
照れ屋の巨匠のプレゼント。
サラリーマンクリエイターを辞めてフリーエージェントになったとき、フラッと事務所にやって来て「これ、あげるわ」とブッキラ棒に差し出した。そのひととは関西、いや日本を代表すると言っても過言ではないカメラマンだ。この色彩、この柄。あのひとの独自の世界観と美意識がこの１着だ。じぶんからしたら当時すでに巨匠と呼べる存在だった。無口で照れ屋で多くを語らない。「これ、あげるわ」にすべてが込もっていると思った。「ガンバリや」「キミのこと見ているで」「また仕事をしよう」鬼籍に入ってしまったあのひとのことを思い、１年に１度は袖を通したくなる。
シスコの古着屋の親父は「マーバラス」と言った。
この２着は同じ日に同じ店で買った。その店はサンフランシスコの小さな古着屋だった。とてもセンスが良さそうなカッコ良いオヤジが店番をしていた。いろんな古着には目もくれずハワイアンシャツのコーナーに突進したワタシはまず右のグリーンのものが気になって手にしていた。さらに物色しながら左のまるで絵画のような１着を見つけて両方を手にとって見比べていた。すると店主はワタシに向かってこの絵画のようなシャツを指差して「marvelous」と呟いた。そのたったひと言が決め手だった。迷わず、２着を手に下げてレジに向かった。支払いは目の球が飛び出るほどだった。
単色の粋。
誰の本だろう。「単色のハワイアンシャツを着たひと」のことを書いたエッセイを読んだ。髪の長い女性が単色のハワイアンシャツを着てステーションワゴンを運転する。そんなことを書きそうなのは片岡義男だが、記憶が定かではない。以来、記憶の片隅にはずーっと単色のハワイアンシャツというキーワードがあった。先に紹介したサンフランシスコで買った緑のシャツも単色なんだけど、柄が典型的なハワイアンシャツではない。なので、いつかハワイアンモチーフの単色のハワイアンシャツが欲しいと思い続けていた。じつは、これと同じ色で同じ柄のハワイアンシャツをもう１着べつに持っている。でも、そのシャツは生地が気に入っていなかった。ある日、神戸の高架下の古着屋さんでこのシャツを見かけた。柄も色もまったく同じだけど、ハワイアンシャツらしいテロンとしたレーヨンだ。これだ！これ。かくして、まったく同じ色、同じ柄で生地違いのシャツが２着、ワタシのクローゼットに収まっている。
２ドルの宝物。
このシャツはワタシが持っているシャツの中でいちばん安い。買ったのはハワイの「スワップミート」。「スワップミート」は不用品交換会のようなフリーマーケットだ。場所は「アロハスタジアム」といってフットボールや野球の試合なんかが行われる球技場だ。その広い球技場にたくさんの店が出ていた。食べ物や、地元の物産品、手作り品などいろんな出店がズラリと並ぶ。ハワイで掘り出し物を見つけたい方にはワクワクするような催しだ。ワタシの狙いはハワイアンシャツの一択。気になるものがあれば値段交渉をしていく。フリーマケットならではというのか、商売っ気がないというのか、どの店も驚くほど安い。たしか３〜４着買ったのではないかと思うのだが、この赤いハワイアンシャツは、なんと２ドルだった。生地はなんだろう？化繊に間違いはないけど、質感は悪い。服の裏地のようなペロンペロンの手触り。じつは着心地も良くない。汗もあまり吸わない。だから、ほとんど着ていない。カメハメハ大王の絵なんか子どもが描いたマンガのようにユーモラスだ。でも、そのユルさも良い、なんたって２ドルだ。なのに、この１着を見ると「アロハスタジアム」「スワップミート」の光景が鮮やかに蘇る。まさに、モノが語るのである。
教授のお土産。
懇意にさせていただいている大学教授がいる。その方の紹介で知り合った同僚の先生がオアフ島の出身だった。ときどきもうひとりの先生も交えて4人で飲み会をやっていた。いつだったか、じぶんはハワイアンシャツが大好きでコレクションしていることを話題にした。すると先生からふたりだけで「ハワイアンカフェバー」に誘われて、いろいろハワイのお話やじぶんの子どものころの話を聞かせてもらった。別れ際、先生は「こんど、オアフに帰ったらハワイアンシャツを買ってきてあげるよ」と約束してくれた。それ以降、なんどかお土産にいただいている。もうけっこうな数をいただいているが、先生のセレクトは明らかにわれわれとは違う。お土産アロハでもないし、サーフファッションでもない。明らかにロコテイストなのだ。ハワイではなく“ポリネシアン”の匂いがするのだ。そして、サイズがビッグなのだ。ロコが短パン、ビーサンで着こなすと絶対に格好いい。そんなシャツがワタシをロコの気分にしてくれる。
無くしたはずのシャツ。
このシャツのストーリーは変わっている。じつはものすごく気に入った色と柄で大切にしていて、ハワイ旅行にまで持っていったほどなのだ。夜の船上パーティーでこのシャツを着てグラス片手のじぶんをイメージしていた。そんな大事なシャツなのにその後、このシャツが見当たらなくなってしまったのだ。洗濯屋さんに出した記憶があるようでハッキリしない。戻ってこないのか？そんなはずはない。そのころ、駅前の洗濯屋さんに出していたので持っていく途中に落っことしたのか？記憶がはっきりしないので探しようがない。そんなこんなで無くしたものと諦めていた。ところが、どうだ。ある日クローゼットに忽然と現れたのだ。幾度もクローゼットを確かめたのに…。ずーっと見逃していたのだろうか？ミステリーだ。でもね、長袖アロハ、いいですよね。大人は長袖。
ハワイアンシャツパーティー。
フリーエージェントになって個人事務所をオープンするにあたり、オープニングパーティーを開いた。そのとき、パーティーに参加する条件を「ハワイアンシャツを着てくること」とした。借りていた会場にはハワイアンシャツを着たひとがたくさん集まった。そのときにワタシが着たのがこのシャツだ。なぜ、このシャツを選んだかはよく覚えていない。でも、おそらくいまほど手持ちの数も多くなかったから、きっとこれがいちばん気に入っていたのと、いまで言う“映える”シャツだったのだと思う。主催者として参加者が着てくるシャツに負けるわけにいかない（笑）。そんな稚拙な下心なのか出来心なのか。いずれにしろ、少し照明を落とした会場ではよく目立っていたのではないかしら。じつは、黄色のハワイアンシャツが好きだ。手持ちの中でもいちばん多い色かもしれない。黄色は焼けた肌に似合う色だ。
伝説のチャンプ。
ハワイの伝説的なサーファーであるデューク・カハナモク。オリンピックで金メダルをとったスイマーでもある。「Champion」と言うシャツメーカーに彼の名を冠した「カハナモク」というハワイアンシャツブランドがある。伝説的サーファーというストーリーにイチコロでやられたワタシは古着屋さんで「カハナモク」を見つけるといつしか集めるようになっていった。古着の「カハナモク」はヴィンテージものであり、値段も安くない。でも、ワタシの持っているハワイアンシャツのブランドではいちばん数が多いかもしれない。伝説のチャンプであるデューク・カハナモクがこのシャツと同じ色、同じ柄のものを着ている写真が「ハワイアンシャツ」を集めた本に載っていた。この色とこの柄が欲しかった。長らく思い続けていた。このシャツをある古着屋さんで見つけたとき、「ヤッター！これだ！カハナモクが着ていたのと同じシャツだ！」と、喜び勇んで買おうとしたら、あら、ま、シャツのブランドは「カハナモク」ではなかった。でも、買わざるを得ないじゃないですか！（笑）
次はどんな出逢いがあるだろう。
ある程度の数を持ってしまうと、「ついでに買っておく」とか「なんとなく」とか「これもでもええか」というような動機で買うことはなくなった。やはり、出会ったときや買ったあとにストーリーが生まれるような１着が良い。どんな買い物にでも当てはまることではないかもしれないけど、モノとそれを持つひととの素敵なモノ語りが紡がれていくと、きっと、愛し続けるモノになっていくだろう。
（なるのだ編集室 田中有史）
