[まちの元気をつくるひと] [街のストーリー] [食]
2023.05.09
売場ニュース
神戸北野坂に佇む“食とアートの交差点”「汀(みぎわ)」。子どもも大人も混じり合い多様な過ごし方を愉しむ、訪れる者や時間によって顔つきを変えるレストランだ。オーナーを務めるのは、神戸の企画編集制作会社「株式会社KUUMA」代表の濱部 玲美さん。 KUUMAは、企業やプロジェクトのブランディング・プロデュース、飲食催事やイベントの企画・運営など、「学び」と「食」を軸に様々な事業を行っている。 そして2021年11月、KUUMAの自主事業として開業された「汀」。なぜこの場所は生まれたのか、一体どんなお店なのか。その実態と汀に込められた想い、神戸との関わりについて話を伺った。
使う人が工夫して楽しめる空き地みたいな場所を神戸の街なかに
「元々、幼稚園や学校など子どもたちが自由に振舞える場所を作りたいなと思っていました。でも編集者になっていろんな面白いものをつなぎ合わせる仕事をする中で、いろんな人や動植物と関われる場所があれば、自然と子どもたちが刺激を受けて成長する場所になるかなと思い、『汀』をオープンしました。」
「いま5歳の子どもがいるのですが、私にとっての教育は、何かを教えるというより、いろんな生き方を許容する環境づくりをすること。『ママこれすごい?』と聞かれたときに『すごい』って答えてしまったら次も同じことをするだけになっちゃうので、『すごいかもしれないし、すごくないかも』と言ってるんです。そんなことを普段から言っていると、子どもに『ママの料理美味しい?』と聞くと『美味しいかもしれんし、美味しくないかも』と言われてしまうようになりましたが(笑)、”決めつける”という考えを取っ払いたいというのがベースにありますね。」
店名の「汀」は水と陸が混ざり合う“水際”のこと。水があるときは海の生き物たちがいて、水がひくと人が過ごす居場所になる、場所の定義が水の動きによって変わる汀は、世界中で文化を生み出している場所とされているのだとか。
「最初は使いこなすのが難しいけれど、うまく付き合っていくといろんな“アクシデント”が起こる。そんな使う人によって変わる空き地みたいな場所を神戸の街なかにつくりたいなと思い、『汀』と名付けました。便利なのですが消費者側に選択肢がないような場所が増えてきている中で、いろんな使い方ができ、使う方が工夫して楽しめる場所にしたかったんです。」
感じ方は人それぞれで答えがない 寛容性のあるアートが好き
こだわりのインテリアやアートが散りばめられたおしゃれな店内にも濱部さんのセンスが光る。料理の音が聞こえてくるオープンキッチン、思わずのぼりたくなる階段、波打つ本棚に並んだ様々なジャンルの本…。そして階段の先には小さな部屋があり、キッチンの裏側を覗くことができる設計になっている。
「子どもも大人も食べるという当たり前の行為を入口に、面白い本やアートに出会ったり、スタッフや他のお客さまと話したり。ふらっとカフェに来たはずなのに、何か“いいアクシデント”が起こる環境を作りたいなと思いました。そのために、オブジェや本などインテリアひとつひとつにこだわって、イベントも定期的に行うなど仕掛けをたくさん用意しています。『1+1=2』のように答えが決まっているわけではなく、感じ方は人それぞれで答えがない、その方が会話が生まれるきっかけにもなる、そんな“いいアクシデント”が起こるような寛容性のある空間にしたくて『食』と『アート』を取り入れました。」
食に関わる方々が子どもたちを軸に繋がっていくのがいいなと
何か“いいアクシデント”が起こる環境づくりのため、「汀」では様々なイベントが行われている。どれも独創的で、ここでしか体験できないことばかり。そんなイベントは濱部さんの周りにいるユニークなクリエイターや全国の生産者、神戸の企業の方々を巻き込んでつくりあげられている。
濱部さんはイベントを企画するにあたって、答えを決めずにやってみる「実験性」、みんなで作るからこその予測できないものを楽しむ「共創」、頭で考えるだけでなく実行してみる「身体感覚」、作って終わりではなくその後に実際に使って、いろんな人と話してみて「社会に解き放つこと」、この4つのポイントを大事にしている。
神戸市が神戸の農漁業を様々なクリエイターや学生と一緒に発信する「ノーギョ・ギョギョ・ギョギョー ラボラトリーズ(『KOBE“にさんがろく”PROJECT』)」というプロジェクトに「KUUMA」もクリエイターとして参加している。その一環として子どもたちがミックスジュースをきっかけに、農家や漁師、料理人など神戸の食に関わる人たちと繋がることができるプロジェクト「まぜっこ」を発足し、「汀」でお披露目イベントが開催された。子どもたちにとっては食べ物や自然、仕事について体験しながら学べる機会として、これからも継続していくという。
「フードロス削減のため見切り品の果物や野菜を使いたくて、今回は神戸市西区にある果樹園『三水園』、『汀』の近くにある直売所&カフェ『FARM STAND』、そして『神戸阪急』にご協力いただきました。子どもたちには遊びとして一部を手伝ってもらうのではなく、材料を買って、ジュースを作って、お客さまに提供してと、ほとんどの作業を任せました。大変だったのか、途中階段の上にある小さな部屋から出てこなくなる子どももいましたが(笑)、最終的にはみんなきちんとやってくれました。」
「子どもたちに感想を求めると『楽しかった』『面白かった』って案外上手く返そうとするのであえて聞かず、10年後にどう感じてくれるかなくらいに思っています。食に関わる方々が子どもたちを軸に繋がっていくのがいいなと思っていて、このイベントに限らず神戸の農家さんや企業さんとどんどん輪を広げていきたいですね。」
地元神戸の方々・事業者と“素敵な神戸暮らし”を共創する百貨店
濱部さんが大事にする「共創」には参加者だけでなく、地元農家や神戸の企業など一緒にイベントをつくりあげる人たちも含まれる。今回「まぜっこ」で果物を提供した神戸阪急の中島さんにもイベントを振り返ってもらった。神戸阪急は「神戸を愛し、神戸に愛される With KOBE 百貨店」をストアコンセプトに、地元神戸の方々・事業者と“素敵な神戸暮らし”を共創する百貨店を目指して様々な取り組みを行っている。
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「濱部さんから『こどもたちの学びになるようなプロジェクトを企画しているので協力してくれないか』とお声がけいただいて、見切り品を販売させていただく形でご協力させていただきました。果物はフルーツサンドやジュースに加工できるので、見切り品としてあまり数はでないのですが、百貨店では生ものを中心にいかに上手に売り切るかという課題が常にあります。今回の『まぜっこ』では当日用意した果物を子どもたちがとても楽しそうに買いにきてくれました。また機会があれば、神戸阪急でもジュースや加工品を一緒に販売するなど今後に繋がればいいなと思いますね。」 |
濱部さんの中で“買い物に行く場所”として認識していた神戸阪急のイメージが、今回の『まぜっこ』というイベントを通して少し変わったという。
「『まぜっこ』の話を進めている中で、神戸阪急の担当者さんが今後私たちが作ったものを販売する際に神戸阪急を使ってもいいというお話もしてくださいました。お買い物をするだけでなく、私たちの商品をより多くの方に見ていただける表現の場としても使っていいんだと分かってとても嬉しかったですね。少し敷居が高いと感じていた百貨店の印象がぐっと変わりました。」
神戸に住む方が山や海との関わりをもっと自然に楽しめるように
「汀」でこれまで開催した、山も海も近い神戸ならではの自然をテーマにしたイベントから印象的だったものについても語ってくれた濱部さん。思い出しながらうるっと涙を滲ませるシーンもあり、「汀」に対する大きな愛を感じずにはいられなかった。 「生まれも育ちも神戸なので、ずっとここにいると盲目的になるというか。神戸の良さにまだまだ気づけていないなと思っています。最近は子どもと一緒によく山に行き、神戸の自然を堪能しています。朝早くに入る山、そこで過ごす時間がとても好きで、そういった自分の言葉で話せる神戸の魅力がこれからも続くように、自分には何ができるかを考えていきたいですね。4月には『北野で野草散歩』というイベントを開催し、野遊び研究家のマリオさんを迎えて北野エリアと近くの山を散歩しながら野草を摘み、その野草を自家製酵母のパンで挟んでサンドイッチで食べました。神戸は山も海も近いのでそれに関わる一次産業の人も多く、神戸に住む方が山や海との関わりをもっと自然に楽しめるように、それがこどもたちの教育の場に溶け込んでいくようにできたらいいなと思います。」
「そのほかに印象的だったイベントは、バレエダンサー・コンテンポラリーダンサー・バイオリニスト・ピアニストの方と一緒にやった舞台イベントです。この時は風がテーマだったので、きちんとステージを設けて演者と観客を分けてやるというよりお店全体を使って、ふらっと来た方もゲリラ的に混じり合っていくイベントにしたかったんです。子どもたちが息を吹いたり触ったりして楽しめる“風センサー”を設置したら、子どもたちも楽しそうでした。」
「お店にいた子どもがふと踊っているダンサーに近づいた時に、ダンサーがそっと子どもの手を握って、演技の一つにしたんです。その時に『こういうのがやりたかったんだよなぁ』ってすごく感動して、今でも思い出すと涙が出そうなのですが…。計算して出来あがるものではなくて、流動的に生まれるものが作品になる。そういった奇跡はなかなか見られないものだと思うので、みんなでこの場を楽しんでいるという感じが感動的で、とてもいい時間でしたね。」
みんなで「汀」を使いこなすことで街に馴染んでいく
違いを認めて個性を尊重し合う、多様性の時代を表すような「汀」。ありのままを受け入れてくれる癒しの場所であり、未知に触れる刺激的な場所でもあるのだろう。最後に、濱部さんに「汀」の今後について聞いてみた。
「『子ども向けのお店ですか?』と聞かれることもあるのですがそうではなく、店内にはワインショップも併設しています。子ども向けにすると大人がどこか我慢をしないといけなくなるので、子どもたちが遊んでいる横で大人はお酒を楽しむことができるし、大人同士でカフェやバーとしても使っていただけます。子ども向けではなく、あくまでどの年代にも寛容性がある場所です。予測不能な場所に身を置いたら、子どもも大人もいつもと違う考え方ができると思うんです。」
「お客さまに『ここはギャラリー?』『何屋さんかわからない』と言われることもあるのですが、それは想定通りで、これからいかに私たちがコミュニケーションをとりながらやっていくかだと思っています。私が様々なメディアで発信しているので『汀』は濱部玲美らしさがでていると言われたこともありますが、いちアーティストの拠点みたいな場所になっていてはダメなので、これからは私のカラーをどう消していくかというのも課題です。2年目は『融解』をテーマに、『汀』というお店をもっと街に溶け込ませていきたいと思っています。」
「現在アルバイトが10人くらいいて、写真や音楽、コーヒー、英語などそれぞれ得意なものを活かして、ただ働くのではなくそれを表現する実験の場として使ってもらいたいとよく話をしています。そうやってみんなで『汀』を使いこなすことで街に馴染んでいくのかなと思っています。そしていずれは神戸以外の方が新しい刺激を求めてわざわざ『汀』を目指して来てくれたら嬉しいですね。そのために、これからも『汀』にしかないものを追い求めていきたいなと思っています。」
神戸の方々と“素敵な神戸暮らし”を共創していく。日常に寄り添い、思わず通いたくなるようなお店が増えると、神戸がもっと大好きな街に変わっていくだろう。
関西学院大学にて児童福祉を専攻し子どもたちと触れ合うなかで、学ぶことの大切さと、それを多くの人に伝えていきたいと考え、株式会社リクルートメディアコミュニケーションズ(現:株式会社リクルートコミュニケーションズ)に入社。大手企業からまちの商店街まで、様々なクライアントの課題解決のためのプランニングと制作ディレクションを担当した。
2012年に退社後、社会課題をアートのちからで解決しながら、さまざまなコンテンツや教材開発をおこなうNPO法人プラス・アーツにてインターンを経験。とあるプロジェクトをきっかけに全国のつくり手を訪れ、その物語にふれ、編集し伝えていく活動に力をいれる。2017年2月に株式会社KUUMAとして法人化。2021年11月に神戸北野に“食とアートの交差点”となるようなレストラン「汀」を開業し、子どもも大人も混じり合いながら楽しめる場を提供している。
(なるのだ編集室 木下あづさ)