[愛し続けるモノたち] [Affection for Life 本館5階]
2023.07.29
売場ニュース
幼い日に絵本を読んでもらった時のこと、覚えていますか?母親や父親の声色を通して聞いた、めくるめくお話の世界。すっぽり抱かれておさまった膝のぬくもり。そんなやさしい記憶を、いま改めて子どもたちに贈りたいという願いを形にしたのが、8月23日にオープンする神戸阪急5階「えほんのおうち」。選書を担当されたのは、京都の絵本専門店「きんだあらんど」の店主・蓮岡修さんです。「いい絵本を届けることは、私なりの平和活動」と語る蓮岡さん。その背景にある思いを伺ってみました。
紛争地での人道支援活動で気づいた、「絵本」の可能性
京都・鴨川の三条大橋から東へ徒歩10分ほどのところに佇む、可愛らしい3階建のビル。ここが絵本好きのあいだではよく知られた「きんだあらんど」です。
2008年、すでに廃業していた絵本屋「きんだあらんど」の名前と建物を受け継ぐ形で蓮岡が店主になり、再スタートを切って早15年。
神戸阪急が「Affection for Life 〜愛情あふれる暮らし〜」をテーマに5階リニューアルを進める中で、絵本コーナーはどうしてもつくりたかった空間のひとつ。そんな思い入れのあるコーナーの選書をお願いするなら「きんだあらんど」しかない!というのが、関わったスタッフの総意でした。本のセレクトにも情報発信にも、ピシッと1本筋が通っているのがその理由。
「浄土真宗の僧侶」としての顔も持つ店主の蓮岡さん、かつて若かりし日にはフリーカメラマンとして紛争地に飛び込んで活動していたことがあるといいます。そんな蓮岡さんがなぜ今、絵本屋さんを?
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バックパックとカメラ担いで紛争地で過ごしていた時に、アフガニスタンで人道支援活動を行うNPOペシャワール会の中村哲医師(註:2019年に現地で狙撃され死去)に出会いました。その後いったんは帰国して就職もしましたが、やがて会社も辞めて、アフガニスタンで中村先生の灌漑・治水事業をお手伝いするようになりました。そんな中である日、現地の戦争孤児たちが一冊の絵本を食い入るように眺めている姿を見たんです。アフガニスタンを舞台にした『せかいいち うつくしい ぼくの村』という絵本でした。これ、作者は小林豊さんという日本の方です。孤児たちが見ていたのは、日本で集まった支援金をもとに、現地語に翻訳されアフガニスタンの子どもたちに寄付された絵本だったんですね。 |
蓮岡が絵本の力に気づくきっかけとなった「せかいいち うつくしい ぼくの村」。紛争によって失われてしまった、かつての美しい暮らしの情景が描かれています。
戦争という名の虐待にさらされて心すさみ、素行の悪さばかりが目立つ孤児たち。そんな彼らの目つきが、絵本を前に、本来の子どもらしさを取り戻していることへの驚き、そして感動。蓮岡さんが絵本の持つ力に気づいたのはこの時でした。
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家庭の中で小さな平和を生み育てる力が、絵本にはあるんだと思いました。 “平和というのは概念じゃない、実践なんだ”というのは中村先生が我々にいつも言っておられたことでね。僕も“戦争反対!”とスローガンを叫ぶよりも、一人でも多くの人に絵本を届けるような活動をしよう、と思ったんです。 |
長く読み継がれてきた名作を、子どもと、かつて子どもだった大人のために
そんな蓮岡さんが、神戸阪急5階「えほんのおうち」のために選んだのは、0〜6歳向けの絵本約300冊。5階リニューアルを担当した神戸阪急の大宮は、蓮岡さんと初対面を果たした時の様子をこんなふうに語ります。
「Affection for Life」をテーマに掲げ、売り場づくりを統括する大宮。
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初めてご相談に伺った時、絵本に対する思いだけではなく、子どもとの向き合い方や、売場作りのことなど、大変多くの時間を割いてお話ししてくださったのには驚きました。とくに印象に残っているのは、“できれば50年以上、少なくとも20年以上は読み継がれている本物を基準にしましょう”というお話です。これまで百貨店って一歩先の暮らしを見据えた“新しい価値”を提供することに注力し続けてきましたが、今の時代、そういう時代に左右されない本質に目を向けることも大切だなと思いました。 |
長く読み継がれてきたものには、それだけの理由がある。そう蓮岡さんが信じる背景には、アフガニスタンから帰国後に「絵本屋修行」をした時の経験が色濃く反映されています。師匠は、長崎で絵本の定期配本システム「ぶっくくらぶ」を運営する児童書専門店・童話館の社長。蓮岡さんは社長のかばん持ちをしながら、絵本を見る目を徹底的に鍛えられたといいます。
良質な絵本を届ける力のある人を日本中に増やしたいと願う「きんだあらんど」では、2020年から「絵本屋さん養成講座」も開催。これまでに100人の修了生を輩出しています。
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1日200冊の絵本を読んですべてに書評を書く、という課題を与えられて、週4日ぐらいのペースで1ヶ月は続けたでしょうか。これ、朝から晩までかかる作業ですよ。何千冊と読むうちに、名作と呼ばれる質の高い絵本と、そうでない絵本の違いがパラパラとページをめくっただけでもわかるようになってきました。名作って、子どもだけじゃなく大人にも届くものです。30歳の大人にも届くし、30歳の中に眠っている3歳の頃の気持ちにも届く力がある。そして何より、“あなたが生きていること、それだけで素晴らしい”と、読んだ人を励ますものであると思います。 |
親子で絵本を分かち合うしあわせを再発見する場に
自然素材を中心に、ナチュラルな雰囲気でまとめられた「えほんのおうち」のイメージスケッチ。
蓮岡さんのたくさんの思いを受け取って着々と準備を進めてきた「えほんのおうち」。百貨店でのショッピングの合間に、親子でほっとリラックスして過ごせる空間になっています。棚に並んだ絵本を親子で眺めたり、木のおもちゃで遊んだりして思い思いに過ごし、気に入った絵本を購入することももちろん可能。コーナー担当の森本も、これからここをたくさんの人に愛されるスペースにしたいと意気込みます。
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蓮岡さんには選書だけでなく、本棚やベンチの配置から、棚板の傾斜角度にいたるまで、空間演出のアドバイスもたくさんいただきました。本棚に並ぶ絵本には、蓮岡さんが書いてくださった紹介カードもついているんですよ。いずれは絵本の読み聞かせ会などもやっていきたいなと考えています。 |
「えほんのおうち」を含む、ママとベビーのセレクトコーナーを担当する森本。
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ここで上質な絵本を手に取ることが、ひとつの体験であり物語である、というふうになればいいですね。子どもの自己肯定感を養うには、それを後押ししてくれる大人の存在が不可欠で、そのふれあいに絵本は大きな力を持つと思います。自分は愛されたんだ、っていう実感こそ平和のタネです。それはすぐには気づかないけれど、時が経ってわかるものじゃないでしょうか。 |
「きんだあらんど」ビルの3階にある「どんぐり広場」で読み聞かせをする蓮岡。
ロングセラーの名作中心にセレクトされた「えほんのおうち」に足を踏み入れたら、パパやママ、おじいちゃんやおばあちゃんも「あ、これ懐かしい!」「小さい頃、このお話好きだったなあ」と、やさしい記憶が呼び覚まされること間違いなし。大人も久しぶりに童心に返って、子どもたちとしばし空想の世界を旅してみませんか。いつか子どもたちが大きくなった時、家族で百貨店にお出かけした楽しい思い出のひとつに、「えほんのおうち」で過ごした時間も加わるとしたら……。それは親から子に手渡せるちょっと素敵なプレゼントだと思うのです。
1973年島根県生まれ。紛争地での人道支援活動を経て「一冊の絵本から始まる平和活動」を志す。2008年京都にて、廃業していた絵本専門店「きんだあらんど」を受け継いで店主に。2020年からは「絵本屋さん養成講座」を主宰し、これまでに得たノウハウを後続の人々のために惜しみなく伝授している。
(なるのだ編集室 松本 幸)