英国・チーズの品評会「アルチザンチーズアワーズ(Artisan Cheese Awards)」

英国の1年を、時候に沿ってお届けする【英国365日】。

今回は、英国国内チーズ品評会として権威のある「アルチザンチーズアワーズ(Artisan Cheese Awards)」について、英国在住で、英国チーズ資格認証機関「英国アカデミー・オブ・チーズ(Academy of Cheese)」 認定パートナー講師のマティス可奈子さんにお話しいただきます。



英国での食生活の中で、チーズの存在感はとても大きいものです。

チーズ生産国といえばフランス、イタリア、そしてスイスというイメージが強いのですが、英国も伝統的なチーズ生産国の一つ。

英国内のガストロパブ、カフェ、レストラン、サンドイッチショップ、スーパーなど、食品を扱っているところに行けば、必ず多種多様のチーズが目に入ります。

いわば、英国ライフの日常の中で、チーズは欠かすことができないものと言っても過言ではありません。

そして、そんな汎用性の高いチーズとは別に、英国も含めたチーズ伝統生産国では、ちょっと嗜好品的な要素を持つ、上質なチーズも存在します。

チーズ専門店や、デパートなどでの取り扱いが多いタイプで、いわゆる「アルチザンチーズ」と呼ばれるもの。

職人技を活かし、チーズメーカーさん達がそれぞれの信念にこだわり、ほぼ手作り、少量生産のチーズ達です。


2023年初夏、英国国内チーズ品評会として権威のある、その名も「アルチザンチーズアワーズ – Artisan Cheese Awards」に審査員として参加してきました。

会場はイングランドチーズの王様 (The King of English Cheese) として知られる青カビスタイルのチーズ、「スティルトン」の聖地であるメルトン・モーブレーのセント・メアリーズ教会です。


写真:会場のセント・メアリーズ教会。品評会当日のフロントバナーは “Home of Stilton Cheese(スティルトンの生誕地域)” であることをアピール。


メルトン・モーブレーは英国伝統食であるポークパイの聖地としても有名ですが、それはともに農産物であるチーズとポークは、農業システムの中で持ちつ持たれつの関係であるため。

「スティルトン」チーズの生産地で「ポークパイ」も盛んに生産されているのですが、それはイタリアではパルメザンチーズの生産地でパルマハムが生産されているのと同じような原理が働いているのです。


さて、会場である教会内を覗いてみると、ずらりとエントリーされたチーズが並んでいます。今年はその数、約400強。そのうち約4分の3が英国産で、約4分の1がアイルランド産。

チーズスタイルと生産スタイルによって、エントリーチーズは19のカテゴリーに分けられ、まず、各カテゴリーからそれぞれのカテゴリーチャンピオンチーズ(トロフィーチーズ)が選ばれます。さらにその中から最高チャンピオン(Supreme Champion)チーズ、つまり今年の総合優勝チーズが選ばれるのです。

この品評会の大きな特徴は、特別カテゴリーとして20番目に「スティルトン」カテゴリーが設けられていること。つまり、毎年、必ず「スティルトン」チーズのチャンピオンとして「スティルトン」のメーカーの一つが表彰されるシステムなのです。さすが、イングランドチーズの王様、「スティルトン」の聖地であるメルトン・モーブレーで開催されるチーズ品評会です。英国チーズ界の威厳と誇りを感じずにはいられません。


写真:審査カテゴリー毎にテーブル分けされたエントリーチーズたち

写真:イングランドチーズの王様である「スティルトン」チーズだけが並ぶテーブルの様子は圧巻です!


さて、この「アルチザンチーズアワーズ」、実際に一日がどのように進むのか。体験談としてお伝えします。

当日、定刻になると審査員の受付が始まります。審査員としての受付を済ませると名札が渡され、担当のカテゴリーが知らされます。

チーズの品評会やコンクールなどで審査員を務める人たちは、いつも同じような顔ぶれ。受付時は、ちょっと同窓会の集まりのような雰囲気も。私自身、久しぶりに会うチーズ関係の友人・知人も多数で、「久しぶりだねー!元気にしていた?最近どう?」などの会話を交わしながらのハグ。そして、「テーブル番号は何?」と聞きながら、審査チームメイト探し。

今回、私の審査担当カテゴリーは、テーブルNo.6 の「牛乳製チーズ」。つまり、英国というお国柄、エントリーチーズ数が明らかに一番多いカテゴリー。担当テーブルへ赴き、まずはざっとどのようなチーズが並んでいるのかを拝見。


写真:牛乳製のチーズが並ぶテーブルNo.6

写真:まずは審査担当チーズの下見。いろいろな角度から観察。頭の中で識別します。


担当テーブルをざっと見渡すと、日頃職場で扱っていることもあり、親しみを感じるチーズと、これまで見たこともないようなチーズが混在しているのが分かります。フムフム、なるほどと思う反面、これからテイスティングをしていくぞとワクワクもする瞬間です。

審査そのものは、もちろんブラインドテイスティングですが、国内品評会となると、大抵の審査員は、ある程度はチーズを見ただけで誰が作ったチーズであるのかまで識別できてしまいます。アルチザンチーズはよく見てみると、それぞれに個性があり、外観だけでもそれぞれのアイデンティティーがあることが写真からもお分かりいただけるのではないでしょうか。

さて、まずは審査チームメイトとなる方々とお顔合わせ、挨拶、自己紹介。そしてお決まりの記念写真撮影。


写真:互いの自己紹介も済み、場も和んだところで記念撮影。英系チーズ品評会での慣習ともいえるもので、主催者もプロの写真家を配置しています。


しばらくすると、審査に向けてのオリエンテーションが始まりました。会場が教会であることも関係し、品評会創設、主宰者による、チーズメーカーさんたち、そしてチーズへの祝福 (blessing)の祈り。英国のチーズの世界でよく使われる引用句 “Blessed are the cheesemakers(恵みを受けるべきはチーズを作る人々)” と唱える声が高らかに聞こえ、一瞬だけ厳かな雰囲気に。


写真:アルチザンチーズアワーズ会長のマシュー・オキャラハン氏による審査のオリエンテーション。そして、チーズとチーズメーカーさんたちへの祝福の祈り。


いよいよ審査スタートです。チームが一丸となり、限られた時間内に担当チーズを一つ一つ審査していきます。意見を交わしながら、スコア表に必要事項とコメントを記入していきます。

チーズの品評会の審査は加点方式と減点方式がありますが、この品評会は減点方式。配点は、①外観15点、②生地の組織と口当たり25点、③風味と味わいアロマで60点。これら3項目の合計で100点満点。減点要素があれば、該当項目ごとにコメントとして具体的に記入し、何点の減点となったのかを明記。スコアシートのコピーはそのままチーズメーカーさん自身に送られることになっているため、ちょっと神経を使います。やはり、いくら減点要素があったとしても、今後の改善につながるようなポジティブなコメント、そしてチーズメーカーさんへの励ましとなるような言葉を選ぶよう、審査員たちは事前に指示されています。

合計が90点以上で金賞、80点以上90点未満で銀賞、70点以上80点未満で銅賞獲得となるため、審査しているチーズが金、銀、銅のどれに値するのかも考慮しながら審査していきます。

審査法が減点方式であれば、審査員たちは、まずは各項目で減点要素がないかを確認します。外観であれば、外皮に蒸れがないか?外皮の出来具合はどうか?異臭はないか?歪な形になっていないか?蒸れや歪な形となっている原因は何なのか?常日頃、色々なチーズと向き合っている人たちはそれが瞬時に分かるものなのです。

生地や組織全体に一貫性はあるかないか?生地の一部にワレはないか?あるとすればその原因はなんなのか?生地全体の色の変化はどんな状態であるか?味わいに、嫌な苦味はないか?塩味や酸味の広がりはどうか?後味はどうか?こういったことをチームで議論していきます。

チーズの品評、審査の場では、「美味しい」、「不味い」は最終的な主観的感想とみなされるため、「美味しい!」という言葉は聞かれません。審査も終え、改めて審査員ではなく、消費者としての心で金賞、銀賞、銅賞を獲得しているものを口にして、はじめて素直に「美味しい!」と思うものなのです。スコアが高いチーズは、やはり最終的に「美味しい!」と思うものです。


写真:各チーズの外観、外皮の状態、生地、風味味わいを丁寧にチェックし、チームメイトと話し合いながらスコアシートに記入していく。


私が審査をした担当カテゴリーのトロフィーチーズ(カテゴリーチャンピオン)は、カーカム家(※)が作る伝統的な「ランカシャーチーズ」のクリーミータイプ(熟成が若めのタイプ)という結果でした。

※カーカム家:英国ランカシャー地方のチーズである「クロスバウンド(布巻き)スタイル」の 「ランカシャーチーズ」を生産する農家。現在、伝統製法、かつ無殺菌乳製の「ランカシャーチーズ」を生産しているのは、唯一カーカム家のみ。

 

写真左:牛乳製チーズカテゴリーのトロフィーチーズ、「カーカムズクリーミーランカシャー」チーズ

写真右:アルチザンチーズアワード2023の「Supreme Champion(最高チャンピオン)」に輝いた、「ハブデン・ゴート」という名の山羊乳製ソフトスタイルのチーズ


審査はブラインドですが、私も含めて審査チーム全員、見ただけで「カーカム家のランカシャーチーズだ」と分かった上で審査していました。審査中も「やっぱり、さすがだね」となってしまいます。

スコアシート上も減点要素はほぼ無し。ただし、世の中に「完璧」というものは存在しないということで、審査員一同、改善ポイントとして「もう少しだけ長めに熟成させてみるのも良いかもしれない」とコメントすることに。合計点95点で落ち着きました。

確かに、チーム全員が過去に、もっと私たち唸らせてしまうような、または言葉を失うような感動する味わいの「カーカム家が作るランカシャーチーズ」を食べた経験があるのです。だからこそ、やはり満点にはできないのです。

これがアルチザンチーズの奥深さ。英国では、多種多様なアルチザンスタイルのチーズが生産されており、毎年、新しいチーズが誕生しています。

アルチザンチーズアワーズは、そんな英国チーズの発展を下支えするイベントなのでしょう。


〈マティス可奈子プロフィール紹介〉

・英国チーズ資格認証機関、英国アカデミー・オブ・チーズ(Academy of Cheese) 認定パートナー講師

・ワールドチーズアワーズ審査員(2017 – 2023年) 

・英国アルチザンチーズアワーズ審査員 (2023年)

・著書:「とっておきのイギリスチーズ」(2021年、ジュピター書房、ISBN: 978-4909817013)-英国チーズに特化した書籍として日本初出版

・アルチザンチーズ業界専門の言語サービスやコンサルタントサービス、セミナー、講座、イベント等を主宰する機関、Culture & Culture Ltd. (https://cultureandculture.com/japanese/) を設立(2013年)。「チーズを通して、英国、ヨーロッパでの日常をさらに楽しく!」をモットーに、チーズ講座やイベントなどの企画運営する傍ら、コラムやSNSで英国チーズ、食文化、英国暮らしについて発信中

・CPA (チーズプロフェッショナル協会) 認証チーズプロフェッショナル

・CPA(チーズブロフェッショナル協会)チーズの教本(2023~2025) 旭屋出版、共著。英国、アイルアンドの章、執筆

・2012年渡英。2015年よりフリーランサーとして定期的にチーズ専門店、熟成業社にパートタイム勤務しながら、チーズの取り扱いや熟成、その他の実務経験を積む


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