水に感謝する伝統行事「ウェル ドレッシング」(前編)

英国の1年を、時候に沿ってお届けする【英国365日】。

5月は、英国の「Well Dressing(ウェル ドレッシング)」について。
英国バッキンガムシャー州在住で英国政府公認ブルーバッチ観光ガイド木島・タイヴァース・由美子さんにお話いただきます。

それでは、木島さんの#英国ライフ・コラムをお楽しみください!

イングランドの中央、丘陵地帯に位置するダービシャー州は、イングランドで最初に指定された国定公園のなかにある、風光明媚な地域です。

英国の女流作家ジェイン・オースティンの小説「高慢と偏見」が映画化された際のロケ地に使われたStanage Edge(スタネッジ・エッジ)や、デヴォンシャー公爵邸であるチャッツワース・ハウスなどがあります。そして世界中からジェイン・オースティンのファンがやってくるのです。

さて、そのダービシャーに古くから続いている伝統としてWell Dressing(ウェル ドレッシング)があります。
毎年花が咲く季節に、井戸(Well)や水道の水が出るところに花びらを使って描いた絵画を飾ります。

その起源は、2000年前にブリテン島が古代ローマ帝国の属国になる前のケルトの時代から、またはその前の中石器時代に遡るとも言われています。

写真:1899年ティッスィングトンでのWell Dressing

特にダービシャー州でこの伝統が広まったのは14世紀。ヨーロッパ中を襲った黒死病(疫病)でイングランド人口の30~40%が死亡したそうです。それ以後、清潔な水に感謝をこめて井戸を飾り始めました。

ダービシャーでは、何度か町や村のWell Dressingを見てきました。そして、実際に作っているところを見学し、この古い伝統が今の人々にとってどんな意味があるか、に興味を持っていました。

写真左:Mellor(メロー)のWell Dressing  ©2022 Glyn Williams
写真右:Whitwell(ウィトゥウェル)のWell Dressing ©2022 Glyn Williams

そこで、今回実際に作っている様子を取材するため、産業革命発祥地のひとつで、ダービー市から車で20分ほど北に行ったところにある小さな町Waingroves(ウェイングローヴズ)に行って来ました。

Well Dressingの製作が行われているメソジスト教会で、マーガレット・ベイリーさん(78歳)にお話をお伺いしました。

写真:Well Dressingは教会で

【マーガレットさんへのインタビュー】

木島 いつからこの村に住んでいらっしゃるのですか?
マーガレット 1967年から住んでいます。ここはコミュニティ精神がしっかり根付いていて、長く住んでいる人が多いのですよ。

木島 Well Dressing以外のイベントも行うのでしょうか?
マーガレット もちろん。例えば村祭り(village show)、パントマイムや、ワッセイリング(果樹園に行き、木の妖精に収穫をお願いする習慣で、英国の田舎で行われている)などです。

木島 ワッセイリングではどんなことをするのですか?
マーガレット 毎年1月に行われますが、子供たちが作ったランタンを持ち、陽が落ちてから森林に出かけます。そして収穫を約束する木の妖精の目を覚ますため、木の周りで歌ったり踊ったりします。

木島 コミュニティ精神の結果生まれた特別なことはありますか?
マーガレット 例えば、2010年に森林が売りに出された時のことです。そこは昔炭鉱があったところで、多くの人が働いていました。その子供たちや孫、曾孫・・・その森林は、村の人みんなが子供のころに遊んできた大切な場所です。維持も村の人々がしていました。
ですから、その土地が私有地であったなんて、売地の看板がかかるまで誰も知らなかったのです。
そこで対策を立てようと、教会に村の人が集まりました。教会は人でいっぱいになりました。

それだけ、村人はこの土地に関心を持っていたということですね。
その話し合いの結果、「ただブツブツ言っていても仕方ない。自分たちで買おうではないか。」ということになったのです。そしてその場で13,000ポンド(約200万円)が集まり、6週間後には売値の20,000ポンド(約300万円)を達成、ついに森林は村人のものになったという訳です。

写真上:村人が買った森林
写真下:メンバー左から、エミリーさん、グラハムさん、マーガレットさん

木島 ではWell Dressingについてお聞きします。英国の丘陵地帯、つまりダービシャーやスタッフォードシャーでは古代からの伝統になっていますが、ウェイングローヴズではいつごろから始まりましたか?
マーガレット 実は、ここでの歴史はとても浅く23年前です。でもここのWell Dressingはちょっと特別なのです。この村に住んでいたReginald Maund(レジナルド・モーンド)という人が、他のWell Dressingを見て、「ウェイングローヴズでもやってみよう!」と村の人に呼びかけました。この案に皆は大賛成。ところが問題は、今までにWell Dressing を作った経験のある人はいません。そこで、ここにいるヒラリーがWell Dressingについて調べようと、図書館に行きました。その時案内デスクにいた人が偶然にもWell Dressingに熱いパッションを持っていて、色々おしえてくれたのです。なんという出会いでしょう!


木島 それで、この村のウェイングローヴズのWell Dressingは提案者の名をつけてレジナルド ウェル と呼ばれるのですね?  
マーガレット そうです。残念ながらレジナルドは、その後体調を崩し入院しました。私たちはWell Dressingのミニ版を作り、病院に持って行きましたが、レジナルドは本物を見る前に亡くなったのです。さらに、町でただひとつの井戸は、その後教会の駐車場になってしまいました。今ではこの町に井戸はありません。でもWell Dressingはずっと続けています。

木島 毎年何人くらいの人がこのWell Dressing製作に携わるのですか?
マーガレット 決まった人数ではありませんが、20人くらいでしょうか。子供たちも参加していました。ただし近年はパンデミックのために全員教会に集まることを避け、子供たちは学校で作っています。
みんな家族のようなものです。実際の家族も来ていますよ。例えば私の妹のドロシーと兄のグラハム、彼の孫のエミリーも来ています。そしてグラハムの奥さんや私の夫も参加しています。グラハムは86歳ですが、Well Dressingのデザインはいつも彼の担当です。

後編へつづく・・・

次回は「Well Dressing(ウェル ドレッシング)」の実際の作り方についてお話します。
お楽しみに!!

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