英国・暮らしと社会問題まで、進化し続ける「ミュージアム・オブ・ザ・ホーム」(後編)


英国の1年を、時候に沿ってお届けする【英国365日】。


11月は、2021年6月にオープンした博物館「ミュージアム・オブ・ザ・ホーム」(Museum of the Home)について。

英国バッキンガムシャー州在住で英国政府公認ブルーバッチ観光ガイドの木島・タイヴァース・由美子さんにお話いただきます。


〈前回の記事、【英国“ホームとは何か?”を考える「ミュージアム・オブ・ザ・ホーム」(前編)】はこちらから〉


それでは、木島さんの#英国ライフ・コラムをお楽しみください!

3年半にわたる改築工事を終え、2021年6月にオープンした博物館「ミュージアム・オブ・ザ・ホーム」(Museum of the Home)。

博物館には大きく分けて「ホーム・ギャラリー(Home Galleries)」、「時代と共に変化する庭(Gardens Through Time)」、「時代と共に変化する部屋(Rooms Through Time)」という3つのセクションがあります。

「時代と共に変化する部屋(Rooms Through Time)」は、過去400年に渡る中流家庭の家のメインの部屋(ホール、リビングルーム、ドローイングルーム、パーラーなど。時代や場所によって呼称は異なっています。)を再現したものが見られます。

後編では、1900年代以降の中流家庭の家がどのようなものだったのか、どんな暮らしをしていたのかについてご紹介いたします。



1915年になると「ドローイングルーム」がもっとカジュアルになります。

1800年代の終わりから1900年代の始めにかけて流行した、英国独特のスタイルである「アーツ&クラフツ(美術工芸運動)」の影響を受けて、「実用性と美」を兼ね備えたインテリアになっています。

それと同時に、電気のランプなど新しいテクノロジーもお目見えします。


この部屋の設定は、陽も暮れかかったころ、家族がこの部屋に集まってくつろいでいます。

最近、長男は第一次世界大戦で志願兵となりました。母親はランプの下で息子に手紙を書いています。

そして手紙を書き終えると、戦っている兵士たちのために、娘と一緒にソックスを編むようです。すでに編み上げたソックスが肘掛椅子のアームレストに置かれています。

写真:1915年の部屋「ドローイングルーム」


1998年のロフト(屋根裏)スタイルの部屋は、ロンドン東部地域のフラット(日本でいうマンション、アパート)の部屋を再現しています。

この時代は、すでに使われていない倉庫やオフィスの建物が改築され、住居として生まれ変わっていった時代です。

倉庫時代に物を出し入れしていた大きな窓、そこからの光が部屋を明るくしています。

設定は午後7時頃。ここに住む若いカップルは友人を招いて、今日はちょっとしたミニパーティーです。食物は、仕事帰りに買ってくるスナックです。

この部屋は、キッチン、リビングスペース、ベッドルームに間仕切りが無いオープンプランになっています。


写真:1998年の部屋「ロフトルーム」(大きな窓からの光が部屋を明るくしている)

©Em Fitzgerald、Courtesy of Museum of the Home


さて、「時代と共に変化する庭(Gardens Through Time)」のエリアでは、16世紀のノットガーデン(英国の庭デザインの手法のひとつ)から、現在のグリーン・ルーフ(ビルの屋上や家の屋根に植物などを植え、緑化させた屋根のこと)までのガーデンを再現しています。

人々にとってガーデンは、ホームの延長でもあり、そこに住む人のフィーリング、好みを反映してきました。


ハーブガーデンは、料理の味付けのパートナーとして、そして薬草や香り・化粧品の材料としてのハーブを育てる、大切な役目を果たしてきました。

写真:時代と共に変化する庭(Gardens Through Time)

©Nancy Loader, Cortesy of Museum of the Home


これまでの博物館は、過去のモノや、特殊な分野のモノを展示している場所というイメージでしたが、「ミュージアム・オブ・ザ・ホーム」は現在の暮らしと、その家を取り巻くコミュニティとのつながりが大切であることを訴えているように感じました。

でも、博物館としての狙いはどこにあるのでしょう?


そこで、この博物館の館長であるソニア・ソリカリ(Sonia Solicari)さんにお話を伺ってみました。


写真:館長のソニア・ソリカリさん

©Courtesy of Museum of the Home


木島:単に品物を陳列するだけではなく、現在の人々の暮らしや社会問題を取り上げるという博物館は珍しいと思います。これからの博物館はそういう方向に向かうと思われますか?


ソニアさん:博物館によって異なるとは思いますが、ほとんどの博物館は、自分たちの展示物が訪問客へどのような影響を与えるか、その大切さを強く感じています。

この博物館はホームを扱った博物館ですから、見学者はここに展示されているものと、自分たちの暮らしとのつながりを期待しています。

そこから更に現在抱える社会問題を取り上げることで、将来より良い社会を築く。そんな必要性を強く感じています。(後述するSir Robert Geffryeを参照)


木島:ジェフリー・ミュージアム時代から展示されている「時代と共に変化する部屋(Rooms Through Time)」は、ある程度富裕層と言える中流家庭の家のメインルームのみを紹介しています。将来は他の階級、またメインルーム以外の展示も考えていらっしゃいますか?


ソニアさん:このセクションに関しては、まだ完成していない状態です。

現在はある程度収入を持つ中流家庭のメインルームを再現していますが、将来はさまざまな経済状態や環境を持つ人々の暮らしを紹介したいと思っています。

大きなプロジェクトですが、地元の人たちの声を聴きながら、そして単に見学するだけではなくお互いに影響し合って住みやすい社会を作ることを目的とした博物館にしたいです。


木島:将来の博物館に期待します。ありがとうございました。


ところで、新しい博物館をオープンするにあたり、建物の正面にある銅像の問題が大きく取り上げられました。

博物館になってる部分の多くはロバート・ジェフリー卿の寄付金で設立された養老院であったことは、前編のコラムでお話ししました。実はジェフリー卿は17世紀後半に奴隷貿易で財を成しました。

近年特にブラック・ライブズ・マター(Black Lives Matter:黒人に対する人種差別を撤廃しようという世界的な運動)として人種差別の問題が世界中で取り上げられています。

そこで奴隷貿易に関わったジェフリー卿の銅像を取り払う声が持ち上がりました。完全に撤去すべきか、または場所を移すかなど色々検討されていますが、今のところ元々の場所に収まっています。

こうして過去の過ちを土に埋めるのではなく、正面から向き合ってコミュニティの人たちと一緒に考えていくという博物館の姿勢に、これからの博物館の歩む方向性を感じました。

写真:昔の養老院の正面に立つジェフリー卿の銅像。


この博物館は入場無料です。国からの補助金やドネーション(寄付)で賄われており、博物館自体がイベントを行うこともあります。

またこの博物館は地元の女性や家族・ホームレスの人々を支援するチャリティーとパートナーシップを組んでいて、イベントを通してそれらのチャリティーへの募金活動もしています。


写真:博物館の庭で行われたヤード・セール(ガレージセール)。

©Courtesy of Museum of the Home


広い博物館を歩いていると、そろそろランチの時間です。

博物館に付随した「ハムディンジャー」は、ヴィクトリア時代のパブを改築したカフェです。ヴィーガンやグルテンフリーの食事、焼き立ての焼き菓子が並びます。

メニューにあるシンプルなパエリアが美味しそう!でも小さめのパエリアでさえ2人分です。諦めきれずに、シェフに「一人分だけお願いしたいのですが…」と言うと快くOKしてくれました。

ちょっとしたことですが、なんとなくホームの博物館に相応しい親しみを感じました。


写真:博物館のカフェ「ハムディンジャー」

©Hamdinger’s Café, Courtesy of Museum of the Home

写真:パエリア(一人分£14-62、約2400円)


2023年からは、昔の養老院の部屋の一部が一般公開される予定です。

訪問者が何を望んでいるかを考え、新しいアイデアをどんどん取り上げていく。そんな「ミュージアム・オブ・ザ・ホーム」に大いに期待したいものです。




<木島・タイヴァース・由美子 プロフィール紹介>

英国政府公認ガイドとして30年以上にわたって英国全土の観光案内をする。

2015年に英国の文化に特化したツアーの企画、

アドバイスを専門に扱うカルチャー・ツーリズムUKを設立。

現在は観光ガイドの他に毎月英国の観光、

文化に関してのオンライン・トークを実施している。

バッキンガム州で夫、愛犬の3人暮らし。

その他、雑誌や新聞に寄稿。著書に「小さな村を訪れる歓び」

「イギリス人は甘いのがお好き」がある。


【オンライン・トークのお知らせ】

12月のオンライン・トークのテーマは「ミュージアム・オブ・ザ・ホーム」

#英国ライフの11月読みもので執筆した内容に加え、各部屋の調度品についてや、各部屋のクリスマスシーズンの展示の様子などについてもお話しいたします。


日時:

パート1:①12月8日(木) 午後7時~ (英国時間午前10時~)  ②12月10日(土) 午後8時~ (英国時間午前11時~) ※①②とも同じ内容です。

パート2:①12月15日(木) 午後7時~ (英国時間午前10時~)  ②12月17日(土) 午後8時~ (英国時間午前11時~) ※①②とも同じ内容です。


定員:各回30名様

お申込み方法など詳しくはカルチャー・ツーリズムUKのホームページからご確認ください。

〈カルチャー・ツーリズムUKのホームページはこちらから〉

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